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SHIZUOKA

静岡挽物の伝統を継ぐ〈挽物所639〉

静岡には四百年余りに及ぶ伝統工芸の歴史があります。その中でも静岡県の郷土工芸品に指定されている〈静岡挽物(ひきもの)〉の技術を継ぐ若い職人さんを清水区の中河内に訪ねました。挽物とは、ろくろを使用して木を回転させ、刃物で削って作る製品のことを言います。

32歳の若さで独立し〈挽物所639〉を設立した百瀬聡文さんは、静岡デザイン専門学校を卒業した後、伝統工芸技術秀士の挽物師である岸本政男氏とご子息の真紀氏に師事。2人の親方のもとで約10年に渡って挽物師としての技と心を学んできました。
「デザインの学校に行ったのは小さい頃からものづくりが好きだったから。特に木が好きで、当初はインテリアや家具の制作に携わりたいと思っていたんです。それが学校の先生の紹介で出会った親方の丁寧な仕事に魅了され、挽物を本格的に学んでみようと思い進路変更しました。」

挽物との出会いはこれが初めてだったという百瀬さん。右も左もわからない状態から、親方の政男氏の背中を見て学び、真紀氏からは丁寧な説明や手ほどきを受け、2人からの違った刺激を肥やしに、自分なりのものづくりを模索してきました。
「特に職人は鍛冶から溶接まで、挽物を作るための道具も何から何まで自作するので、ものづくりの楽しさにどんどんのめり込んでいきました。」

すべて自作の刃物。お釈迦様の手の様に見えることから〈シャカ〉と呼ばれる

静岡挽物の歴史も高度経済成長による海外へのコショウ挽き輸出の需要拡大にともなって、量産できるように〈倣い旋盤〉の活用を通して機械化が進められてきました。しかし、ろくろを使った手挽き技術の継承が疎かになってしまった経緯があり、県内では手で挽ける職人は数名程度になってしまいました。時代も変わり、職人による少量多品種生産の小回りのよさとクオリティが求められる中で、親方から手挽きと機械の両方の技術を学べたことは独立する上で非常に助かったと言います。

材料を両側から固定するダライ旋盤。回転軸の中心を正確に出せるようになるのにも1年ほどかかったという

制作する一輪挿しのベースとなる8角柱のウォールナット材をセットする

コンマ数ミリの微調整も全て手の加減で行い、形を削り出していく

サンドペーパーで木肌を整える

とくにヤスリがけは塗装で逃げることもできるが、木の自然な表情や質感を活かしたいケースも多いので丁寧な仕上げを心がけているそう。

完成した一輪挿しをサプライズでプレゼントしていただきました!

ものづくりは出会いと感動の旅

百瀬さんの現在の仕事内容は挽物を軸に多岐にわたっています。いわゆる受けの仕事では家具の足などの量産ものや、プロダクトデザイナーのイメージを実際の形に落とし込む協同作業。自宅に期間限定でオープンしている〈moyocami gallery〉の運営。静岡の若手職人グループ〈するがクリエイティブ〉の代表も務めています。受注ものと自身の企画による発信型の仕事のバランスをとって活動することを大切にしています。

チェリー材の質感を活かした無塗装のオリジナルボールペン(写真:山口有一)

デザインを花澤啓太氏、漆塗りを藤中知幸氏が担当した〈静岡木工〉の〈かみさまのたな〉シリーズの神具(写真:片井一慶)

LEXUS NEW TAKUMI PROJECTで静岡の匠代表として制作した計量カップ〈ICHIGOU〉

特に静岡の伝統工芸をより魅力的にしていくために力を入れていきたいと思っているのが、約18名ほどの異業種の若手職人が集う〈するがクリエイティブ〉の活動だ。昨年から代表を務め、外部からデザイナーをブレーンとして加えたり、新しくウェブサイトを立ち上げて情報発信に力も入れている。17年4月には静岡伊勢丹での展示販売なども行い、新たな価値観で活動を始めている。

「今後は関東にも進出したいし、遠くない将来には海外の展示会にもメンバーの作品を出展してみたいですね。皆の活躍の場を広げていくために多くの出会いの場を作っていきたいです。そのためには仲間同士で積極的にアイデアを出し合い、自分たちで面白い企画を発信していく必要があると思っています。」

さらに、つくり手と買い手の幸せな出会いの場をつくっていくことが大切だと百瀬さんは言います。
「自分の好きを通じて人に感動を与えたいし、それによって自分も感動できる事が幸せなんです。そのためにはつくり手の思いをしっかりと伝えて自ら売っていく事が、制作と同じくらい大切だと考えています。」

その実践の場として年に3回、〈挽物所639〉にちなんで、3・6・9月とそれぞれ10日間限定で運営しているのが〈moyocami gallery〉だ。
「毎回違う作家さんとコラボして展示販売しています。車じゃないと来れないような田舎なんですが、こんな場所にわざわざ来てもらえるような場にしていきたいですね。作品に対する思いやストーリーをお客さんと一緒に語らうことができれば、その経験が商品以上の価値を持つことさえあると思うんです。」

確かに百瀬さんから思わずいただいた綺麗な一輪挿しも、挽物の制作工程を丁寧に解説してもらい、多くの質問に真摯に答えていただいた記憶と共にいま部屋に飾られています。お店やネットで購入したモノとはまったく違う思い出の品として大切に使っていきたい一品です。

6月2日~11日 まで開催されていた陶芸作家の小國加奈さんとの展示

最後に挽物の魅力を聞いてみると意外な答えが返ってきた。

「誤解を恐れずに言えば、別に挽物じゃなくてもいいと思っているんです。好きがカタチになっていく過程と、それを通して多くの面白い人達と出会えたり、一緒にものづくりができる事が今感じる一番の魅力ですね。」しかし、それも十数年に渡る日々の積み重ねで培った確かな技術があってこそ。ようやく自信をもって社会へ発信していけるステージに立ったという百瀬さんのこれからの活躍が楽しみだ。

information
挽物所639
住所 〒424-0401 静岡県静岡市清水区中河内639番地
TEL&FAX 054-396-3883
WEB http://hikimonojo639.com
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