SCENE
SHIZUOKA

〈Homebase YAIZU〉みんなのタマリバ、みらいのシゴトバ。

静岡県のほぼ中央、全国屈指の遠洋漁業で有名な焼津市に、コワーキング&カフェスペースが2月にプレオープンした。その名は〈Homebase YAIZU〉。

運営をスタートしたのは、 「デジタルとクリエイターの力で、地域の“らしさ”を磨く」をコンセプトに、ふるさとプロデュースやデジタルクリエイティブ事業を中心に活動している〈NINE〉の渋谷太郎さんと竹村織音さんだ。

代表の渋谷さんは焼津生まれの焼津育ち。大学卒業とともに憧れの東京で就職し、大手のウェブプロダクションで13年ほどの実務経験を経て独立した。現在は、地域の個性をデジタルとデザインの力を使って発掘し、魅力的な地域づくりに取り組んでいる。

まだまだ内装が未完成の〈Homebase YAIZU〉で構想を練る。(右)渋谷さん (左)竹村さん

「大学卒業当時は、やはりギラギラとした若者特有の気持ちが強くて、焼津ではこの気持を満たせないと感じ東京に出ました。専攻は理系だったので、SEとして東京で働き始めたのですが、想像していた東京のキラキラ感がなく、、半年で退職してしまいました。今思うと失礼な話だと思いますが、そいうったことが必要な時期だったんだと思います。」

エネルギーのぶつけどころがわからなく、始めたばかりのギターの弾き語りを渋谷駅前でしたりと、思い悩む時期が1年ほどあったそうだ。

商店街のアートイベントで、イラストレーターのナガタロッソさんが手がけたシャッターアート

1999年の当時はインターネット黎明期。興味のあったデザインやビジネスなど、ウェブの世界はどれにも関わることができそうだと、徐々にやりたいことが見えてきた。

インターネット・アカデミーでウェブサイトの制作ツールの使い方を学びながら、様々な会社で面接を受けたが、制作会社のアイ・エム・ジェイで企画職のウェブディレクターが向いているといわれ、そこからフリーも含めて37歳まで業界の仕事に携わった。

吉祥寺から焼津に越してきた〈ユウリュック ベーグルショップ〉のご夫婦と情報交換

原動力は幼少期に体験した家族のあり方

「海の近くで生まれ、ばあちゃんは船元の娘さん、母ちゃんも昔ながらの焼津の大家族。よく親戚みんなが集まって宴会を開くような賑やかな家でした。とても楽しい環境で育ててもらったと感謝しています。」

しかし、渋谷さんはそういった交流のあり方が焼津でもだんだんと薄れていることに寂しさを感じているという。

「過去を振り返るだけでなく、今の時代に即したみんなのタマリバが必要なんじゃないかと感じ〈Homebase YAIZU〉をつくろうと決心しました。」

ご近所の〈肉の石割〉店長の岩井さんに〈HBY〉集会のお誘い

〈肉の石割〉では焼津のソウルフード〈黒半ぺん〉が58円で味わえる

また、30代後半に差しかかり、仕事の面でも大きく価値観が変わってきたという。

勤めていた時は、大企業の案件がほとんど。効率優先で担当者の想いやモチベーションが見えづらい現場が増えていった。20代の時には魅力的に思えた大きな仕事も、そういった価値観の偏りに気持ちが追いつかなくなる。

それと同時に30代前半までと同じような勢いのある成長を感じられなくなり、成熟にともなう成長の鈍化に直面した。仕事人としての次なるステージを模索せずにはいられなくなった。

そんな時に東日本大震災にみまわれ、東京にいた渋谷さんも人生の価値観や残された時間について深く自問自答することになる。

焼津では昔と変わらず、元気な釣り少年たちがたくさん

ちょうどその時、焼津中央高校の恩師と久しぶりに飲む機会があったそうだ。

先生も50歳にさしかかり、教師生活はあと10年。どのような幕引きが後悔がないか、切実に考え始めたのだという。

そんな恩師の言葉を聞いて、やりたいやりたいで、結局やらずじまいに終わるのが一番怖いことなんじゃないかと強く感じた。

「何があるかわかないから、やりたいことをやっておこう!」

自分が主役の冒険の旅に出るための勇気を、様々な出会いや境遇から得ていった。

気軽に〈Homebase YAIZU〉に立ち寄ってもらうために軒先に置いた書籍

自分の夢に賛同してくれる仲間がいることに感謝!

相棒の竹村さんとの出会いを聞くと、渋谷さんらしい答えが帰ってきた。

「直感で感じる筋のいい出会いを大切に動いていたら、ベストなタイミングで紹介してもらいました。」

東京の仕事も軌道に乗り始め、ちょうど静岡支店も立ち上げたいと考えていた。そんな折、デジハリ東京本校の役員の方に、静岡校卒業予定でウェブディレクター志望の竹村さんを紹介される。

「指定された日は他の約束が入っていたのですが、直感で会ったほうがいいと感じ、キャンセルして静岡に会いに行きました。」

話を聞くと竹村さんも地域づくりに関心が高く、その後すぐに清水銀座での〈リノベーションスクール〉に参加するなど、自主的な活動をスタートした。ちょうど一年半前のことだという。

「静岡にいながら渋谷さんと出会えたことは本当に運が良かったと思います。〈NINE〉に入ってからちょうど1年が経ちますが、この短い期間で〈Homebase YAIZU〉が形になっているのは、色々なご縁と挑戦を大事にする渋谷さんがいたからこそだと思います。」(竹村さん)

子育てと家庭、仕事にと充実した毎日の竹村さん

その他にも、〈Homebase YAIZU〉を新聞に取り上げてくれた高校・大学の同級生や、改装のサポートをしてくれている高校の同級生がいる。

さらに、プロジェクトに参画し建築設計をしてくれているのは大学の同級生である〈しまだ建築設計事務所〉代表の嶋田さんだ。つい先日もファサードの工事をおこなった。

ちょうど原稿の制作中にファサードの工事がおこなわれ、また一歩前進した

「30歳をこえたあたりから、焼津の旧友やキーマンに誘ってもらうことが増え、どんな誘いにも積極的に顔を出すようにしてきました。」

大好きな焼津での交友関係の復活を楽しんでいたら、気づいた時には10年以上がたち、高校時代の部活仲間とのお盆や忘年会の集まりなど、定例化したイベントも増えていったそうだ。

こういった渋谷さんのスタンスや行動力が、多くの人の共感や〈Homebase YAIZU〉への協力につながっているのだろう。

みんなのタマリバにしていくために

インタビュー当日は焼津の〈地域おこし協力隊〉で釣りガールの、三浦愛さんも〈Homebase YAIZU〉に遊びに来ており、スペースの今後の使い方や、自分たちが楽しみながら焼津を盛り上げるために何が必要か?プチブレスト大会が始まった。

竹村さんのフェイスブックの投稿で焼津の〈地域おこし協力隊〉を知ったという

「やりたいことはたくさんあるんですが、まずはスペースとして使えるようにファサードや壁などをすぐにでも整備していきたいです。その時に入口の横に構想しているのが、〈HAMPEN STAND〉なんです。」

〈Homebase YAIZU〉がある物件はもともとは焼津の名産である〈黒はんぺん〉を製造している山下商店の昔の工場。縁あってお借りしている土地の歴史と焼津の名産を活かした新しいスポットを作りたいと考えているという。

「駅前商店街には食べ歩きできるものが少ないので、〈黒はんぺんフライ〉を地域の人や観光の人が食べ歩いている風景をつくりたいですね。ちょうど竹下通りでクレープを食べ歩くような感じで(笑)」(竹村さん)

色々なフレーバーで楽しめる〈黒はんぺんフライ〉を構想中

さらに三浦さんとの共同企画で、魚釣りから始まり、自分で釣った魚をさばき、さらに調理して焼津の地酒とともにみんなでいただくような体験ツアーも構想している。

「私の大好きなフィッシングを通して、焼津の海とその幸の魅力をどんどん多くの人に体験してほしいと思いっています!まずは釣り教室や、魚のさばき方体験から始められたらと思っています。」(三浦さん)

みんなで話していると、やりたいことや面白い企画はどんどん出てくる。しかし、今の課題は実際に行動に移していく人材がまだまだ焼津に少ないということ。

「やっぱり〈Homebase YAIZU〉から面白そうな雰囲気をガンガン出して、アイデアや行動力がある人達が、自然に集まってくるようなスペースにすることが最大の目標ですね。」

〈Homebase YAIZU〉がある〈駅前通り商店街〉の風景

まだまだプレオープンしたばかりの〈Homebase YAIZU〉。

焼津のことが好きな人や魚が好きな人、みんなとワイワイ企画することが好きな人など、面白いことをやってみたいと思っている人はぜひ一度〈Homebase YAIZU〉へ遊びに行ってほしい。

information
Homebase YAIZU
住所 〒425-0027 静岡県焼津市栄町3-3-36
TEL 070-4136-2039
Mail info@nine.sc
WEB http://nine.sc
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